*** カラスの勝手 *** 人材開発コンサルタント 小柳 麻里子 何かが・・・・、何か小さくて黒っぽいものが、目にも止まらぬ早さで、私の横をすり抜けていきました。 「あっ。ツバメ・・・・」ここは多摩川の河川敷。 都心をちょっと離れると、夏草が生繁り、小鳥のさえずりが聞こえるのどかな田園地帯が広がります。 「母の日」が近い、五月晴れの午後。実家の両親のところに、久々に里帰りした時のことです。 近くに大型のショッピングセンターができてから、駅の周辺は若者たちでにぎわうようになりましたが、私の生まれ育ったこの一帯は、今も昔も大して変わっていないようです。 スーッ。またツバメ。 この時期のツバメは、何だか忙しそう。 この町の町内会の古ぼけた小さな建物の軒下に、毎年必ずツバメの夫婦が巣を作るのを思い出しました。 今年もあのツバメの夫婦、戻ってきているかしら? ・・・・・・。いました! 半分できあがった巣のなかに、ツバメの奥さん(多分)が、ちゃんとこちらを向いて座っています。 「お帰り。よく帰ってきたね」 同じ里帰りの身。ツバメの夫婦になぜか親近感を覚えるワタクシ。 一ト月もたてば可愛らしいヒナが四、五羽、巣から顔を出しているのが見られるハズ。 げっ。 これって、孫の誕生を心待ちにしているおばあちゃんの心境に似ていなくもない。 その翌日。 スーパーでゾッとするハナシを小耳にはさみました。 近所のご婦人方が話していました。 「ひどいと思わない?私、もうショックで。いつものツバメの巣ね。さっき見たら、めちゃくちゃに壊されているのよ。あんな高いところにあるんだから、他に考えられない。カラスよ」 「んまぁ。どうもこの頃カラスがやたらに騒々しいと思ったわ。ホント。かわいそうに」 「そーなの。ひどいでしょう?もうだめね、あんなに壊されちゃっては。来年は戻ってこないは、あのツバメ」 ****** 両親の家はアパートの五階。 ゴミを出しにエレベーターで階下へ降りようとしたとき、非常階段の手すりに大きなカラスが止まっているのに気付きました。口ばしに何やら生肉のようなものをくわえているではありませんか・・・・。 うぇ。 近づいても一向に逃げようとしません。手をふって追い払おうとすると、彼(多分)、何となく大きく翼を広げてこちらを威嚇する態度。 あれ、何かくわえていなかったら私をエサにするつもりだったに違いない。思わず『船乗りシンドバッドの冒険』の中のロック鳥を思い出し、一瞬ひるんでしまった。 バサッ、バサッ。 やっと逃げていきました。ザマーミロ。 ***** 翌朝。老父がベランダでエアロビクス・・・・・と思いきや、ちがいました。 向かいの家の屋根に向かって植木鉢の中の小石を投げているのです。意図はすぐに分かりました。向かいの家の軒下にぶら下げてある鳥かごの中の小鳥をねらっているカラスを追い払おうとしているのです。 父なりに一生懸命なのですが、そこは大正生まれの悲しさ。小石はカラスまでとても届きません。カラス、涼しい顔。 カラン。おっ。やっと一つ届きました。 すると・・・・・。そのカラス、ちょんちょんとその小石の処までくると、それをくわえて飛んでいってしまった・・・・・。 「ばカァー」だって。 これじゃあ、父の血圧が上がるのもむりないか・・・・・。 おっと。カラスのハナシではなかった。 心優しいのはご婦人や父のようなご老人ばかりではありませんでした。 ***** 多摩川の河原にはいろいろな鳥が飛んできます。キジバト、ヒバリ、ユリカモメ、子サギ、そしてカルガモも。 親鳥の後にくっついて川面を泳ぐカルガモの赤ちゃんが見られるのは早春。 昨年こんなことがありました。 河原で子供たちの怒鳴り合う声。 どうやら河原に遊びに来ていた他の町の子供たちと、地元の子供たちとケンカしているようです。 ケンカの発端は、他の町の子供たちが、面白がってカルガモの親子に石を投げたことから始まったようです。 「石を投げるなょ。やめろってば!」 「おまえんとこで飼っているんじゃないだろ。バカヤロウ」 こうなると、カルガモはそっちのけ。それから先は互いに石のぶっつけ合い。 どちらも負けていません。 ギャーギャー、ワーワー。 やるゥ。ウチの町の悪ガキ共も。優しいところがあるじゃん。 ***** 近頃の子供たちや若い人たちが優しい気持ちを失ったナンテ大嘘。 ニュースにならない処で、優しい気持ちはちゃんと生きています。 多摩川べりのこの町だけでなく、全国二万四千ある郵便局の中は特に。 おしまい |