仕事に生かす話しことばー敬語編ー 第2回「敬語を間違えるとき」 河治 勝 「丁寧な感じ」に惑わされない いつも回っている銀行の営業の人が訪ねて来ました。「銀行からギフトカードが送られてきましたよ」と言うと「それは頂いておいて使ってください」とのことばが返ってきました。この「頂いておいてください」は間違った敬語の使い方で、正しくは「お貰いになっておいてください」「お受け取りになっておいてください」であることは皆さんもご承知のとおりです。『頂く』は自分が相手から何かを貰うか、相手からして貰うときに自分の立場を低めて言う謙譲語です。したがって、相手のことに使うと相手を低く扱ったことになり失礼ないい方になってしまいます。 この例は、謙譲語を尊敬語と勘違いしたミスではあるのですが、このミス、どうもそれだけのことではないようです。『貰う』の意味の正しい尊敬語(相手のことに使う敬語)は「お貰いになる」なのですが、むしろ「いただいてください」と言ったほうが丁寧に聞こえます。実際に謙譲語としての『頂く』は、相手にへりくだった気持ちを表すことばですから、丁寧な語感は十分にあるわけです。そこで、丁寧さを出そうとしてつい相手にも「頂いてください」となってしまうのでしょう。 「向こうの受付でバッジを頂いてからお入りください」 「このポイントで記念品が頂けますから引き換えてください」 こんないい方もときどき聞きますが、いずれも間違った使い方です。もし「お貰いになって」が使いにくければ、「バッジをお受け取りになってから〜」「記念品と引き換えられますからお受け取りください」などと言い換える敬語表現をしてみてください。 謙譲語を尊敬表現に使わない 「相手に丁寧な印象を与えるように話そう」とするのは、最近の敬語の傾向といえます。そのため「丁寧な感じ」があれば敬語表現だと錯覚する人が多くなりました。しかし、相手を立てる敬語(尊敬語)と、自分を相手より低める敬語(謙譲語)の正しい使い分けは敬語表現の基本で、この両者を混同しては敬語の使い方は失敗します。 では、しばしば聞く謙譲語の間違った使い方をあげてみましょう。まず、『頂く』のように謙譲語専用のことばを、尊敬語と思って相手のことに使ってしまうケースです。 @「それでしたらあちらの窓口で伺ってください」(窓口で) A「担当者が行ったときにお話しいたしてください」(電話で) B「今度はいつ郵便局へ参りますか」(電話で) C「ご主人はいつならおりますか」(訪問先で) 下線を引いた「伺って」「いたして」「参ります」「おります」はいずれも謙譲語ですから、相手(お客様)のことには使えません。正しくは、 @「おたずねください」 A「お話になってください」 B「おいでになりますか」 C「いらっしゃいますか」 などの尊敬語で話します。このケースは間違う人は少ないかもしれません。 では、次のケースはどうでしょう。 イ:「領収書は頂かれましたか」(窓口で) ロ:「あちらの窓口で伺われてください」(窓口で) ハ:「いつ手続きに参られますか」(窓口で) ニ:「ご主人はおられますか」(訪問先で) 前の例より丁寧さが強いように感じませんか。よく聞く敬語表現だと思う人も多いはずです。 尊敬語の中に、相手の動作や行為を表す場合に、その事柄を表す動詞のあとに『〜れる』『〜られる』『〜される』をつけて言う敬語表現があります。「行かれる」「待たれますか」「○○さんが払われました」「さきほど帰られました」「お釣りを受け取られた」「話される」「判を押される」「財布を落とされた」などと使います。ほとんどの動詞に『れる・られる・される』とつけて尊敬語に出来るため、大変便利な敬語(れる型の敬語)です。 しかしその簡便な敬語も、謙譲語とは結びつけることが出来ません。ここにあげた例も尊敬語のように聞こえるかもしれませんが、いくら「頂かれましたか」と『れる』をつけても『頂く』という謙譲語を相手に使うのは間違いです。正しい使い方は、 イ:「領収書はお受け取りになりましたか」(受け取られましたか) ロ:「あちらの窓口でお尋ねください」(お聞きになってください) ハ:「いつ手続きにいらっしゃいますか」(おいでになりますか) ニ:「ご主人はいらっしゃいますか」(おいでになりますか) 【( )内もよい】 の尊敬語になります。ただし、上段のニの「おられます」は、地域によっては古くから尊敬語として使われていますし、また多くの人がすでに尊敬語として使っていますから、必ずしも間違った敬語ではありません。 『なる』は尊敬・『する』は謙譲 次の下線の部分の敬語は正しい使い方でしょうか。 @「隣の窓口で印紙をお求めしてください」」 A「ご面倒ですが、この郵便物は本局へお持ちしてください」 B「担当者がお伺いしたときにお話ししてください」 C「係の者にご相談してみて頂けませんか」 この下線の敬語表現は、「求める」「持つ」「話す」「相談する」という動詞をはさんで、いずれもその前が「お(ご)」、後ろが「〜して」になっています。これは『お(ご)〜する(して)』という形で表す謙譲語の代表的な使い方です。つまり自分が相手に対して取る動作や行為について、へりくだって話すときの敬語表現で(私が「お待ちします・お話しします・ご相談します」と使う)相手のことには使えません。ところが動詞の頭に『お(ご)』がつくのと、例外なく文末に『〜ください』などの丁寧な表現がつくため、下線の部分も尊敬語だと思ってしまうのです。 この場合の正しい尊敬表現は、 @「隣の窓口で印紙をお求めになってください」(お求めください) A「ご面倒ですが、この郵便物は本局へお持ちになってください」(お持ちください) B「お伺いしたときに担当者にお話になってください」(お話ください) C「係の者にご相談になって頂けませんか」(ご相談頂けませんか) 【( )内もよい】 この四つの正しい例は、いずれも動詞をはさんで、その前が「お(ご)」、後ろが「〜になって」となっています。これは『お(ご)〜になる(なって)』という形で表す尊敬語の表す代表的な使い方です。この形も、前に出た謙譲語の『お(が)〜する(して)』もそれぞれ使いやすい、しかも敬意が十分ある敬語ですから、尊敬語と謙譲語のポピュラー表現として活用してください。 ただこの二つは、敬語の形が似ていてしばしば混同して使われます。そこで両者をはっきり分ける方法として「『なる』は尊敬・『する』は謙譲」と覚えてください。 尊敬語と謙譲語の使い分け 会話として対応する敬語をセットにしてみました。尊敬語と謙譲語の表現の特徴をつかんでください。 (続く)
|