仕事に生かす話しことばー敬語編ー

第3回 「声だけの対応は怖い」

河治 勝

 

それは心くばりから始まる

「○○さんはいらっしゃいますか」と会社へ電話すると、いるともいないとも言わない前に「どちらさまですか」ときり返されることがあります。確かに始めに名乗らない私が悪いのですが、それでいて切り口上で返されると少々不愉快です。「××です」と名乗ると「○○はいません」と返事。それなら始めからいないと言えばいいのにとまた腹が立ってきます。

「○○にご用ですね。いまは席を空けていますが、どちらさまでしょうか」とちょっとした敬語を使ってこんな対応をしてくれると、こちらも名乗らなかった自分に気がついてたちまち素直になれます。「すみません××と申しますが、すぐにお戻りになりそうですか」と話はスムーズに進みそうです。

まずは聞き手に配慮する、と言ったらいいでしょうか。お互いに顔の見えないやりとりは、わずかの言葉のズレが、思いがけずギクシャクした関係を生む原因になるもので、それを逆に言えば、ちょっとした心配りが良好な関係を作ることになるのでしょう。『聞き手に配慮することば』、それがつまり、敬語表現なのです。

 

始めのひと言が勝負

ビジネスの電話は、明快さ、簡潔さが生命です。しかしだからと言って、ただビジネスライクに自分の用件を果たせばそれでよい、とは言えません。顔が見えない相手と話す相応の気配りが伴わないと、肝心の用件もスムーズには運ばなくなります。とくに自分からかける電話は、話を切り出す前に、まずまず先方の状態をおしはかることがポイントです。

 

[電話をかけたときのひと言]

     まず名乗る

「○○郵便局の××です(と申します)」

     初めての電話の場合(名乗ったあとに)

「初めてお電話いたします」

「突然お電話をおかけして申し訳ありません」

     すでに仕事の関係があれば

「いつもお世話になっています」

「いつも大変ありがとうございます」

     電話に呼び出したことへのあいさつ

「お忙しいところをお呼び立てして申し訳ありません」

「急にお電話をして申し訳ありません」

「手短にお話しします」

     先方の状態を確認する

「いま、よろしいでしょうか」

「いま、少しお時間を頂いてよろしいですか」

     電話の終わりのあいさつ

「お忙しいところをまことにありがとうございました」

「お時間を頂いて申し訳ありませんでした」

誰もが口に出しているなんでもないひと言のようですが、要は単なるマニュアルことばではなく、電話に呼び出した相手への配慮の証として、ひと言の敬語表現が使われることが大切です。では電話を受けたときはどんなひと言が必要か、これも日頃使われている標準的な敬語表現をあげてみます。

[電話を受けたときのひと言]

     電話を受け取ったら

「お待たせしました○○郵便局の郵便課です」

「大変お待たせしました。郵便課の××です」

     相手が名乗ったら

「私××です。○○様、こちらこそお世話になっています」

     都合を聞かれたら

「いま大丈夫です。どうぞお話しください」

「私のほうは構いません、どんなご用でしょうか」

     電話の終わりに

「いいえ、こちらこそお電話をありがとうございました」

 

電話はことばの集中力の持続

日頃からお客差に配慮した電話を心がけている方は多いと思いますがそれでもよほど相手中心の気持ちをもっていないと、ついうっかり自分の気持ちを優先させた話し方になって、いきおいお客様に対する敬語もいい加減なものになってしまうものです。

 (1)「もしもし、郵便局の××ですがこの間お話しした特約の件はもう決められました?」(先方の状態に配慮がない)

 (2)「一回目の保険料を用意しておいてくださいよ」(命令的な口調)

 (3)「いやその点はまったく無理な話です」(高圧的な口調)

 (4)「ご主人にご相談しておいてくれましたぁ」(雑な口調)

 (5)「ああ、まだなんですかぁ、う〜ん」(不満を表す)

 (6)「では○日頃伺いたいと思いますのでいらっしゃいますか」(一方的)

 (7)「その時間は都合が悪いので、一時間あとにしてもらえませんか」(自分中心)

 (8)「ではどうも」(雑なあいさつ)

先方の顔が見えないだけに、つい油断して自分の都合が顔を出してしまいます。

一応敬語や丁寧表現で話してはいますが、自分のペースに入ってしまい、ことばへの神経はおろそかになります。先方は電話の向こうで顔をしかめているかもしれません。たくさんの仕事をこなす中での集中力は大変ですが、ことばの心配りも大事な仕事だと考えることができればと思います。

 

相手に配慮した確かな敬語表現

ではお客様に対する営業活動を例に、電話のときの話の組立と敬語の使い方をみてみます。

@「○○郵便局の××です。大変お世話になっています」

 A「今日は、先日お伺いしてご説明した簡易保険の特約のことでお電話しました」
 B「いま、お時間はよろしいでしょうか」

 C「ご主人様とはご相談くださいましたか」

 D「それはありがとうございます。いろいろご面倒をおかけしました」

   E「特約の内容につきましては、またお訪ねして、確認したうえでお決めいただいたほうが確かだと思います」

   F「改めて誓約書に署名と印鑑を頂きに参りますので、ご都合のよい日をお聞かせください」

   G「あいにくその時間は、先の約束と重なりますので、申し訳ありませんが1時間ほど遅らせていただいてもよろしいでしょうか」

   H「いろいろ勝手を言って申し訳ありません。では○日の○時頃にお伺いいたします」

   I「電話で失礼いたしました。ありがとうございました」

   この例文では、終始お客様の都合を確かめ、一つ一つの用件を確認しながら話を進めています。聞き手に配慮した話の組立がきっちりと出来ていて、そこから適切な敬語表現が出てきます。話の途中でも「それはありがとうございます」とお客様のことばに対して謝意を表しています。ことばのはしばしにも顔の見えない相手と話すときの心配りが、敬語の使い方によく表れています。また、仕事を中心にした話し方、聞き方の語調が一貫していて、丁寧であってもけっして過剰な敬語にはなっていません。全体に信頼感のある電話応対と言えると思います。

 最近、誰もが携帯電話を使うようになってから、ビジネスマンの電話の話し方に異変が起こってきました。携帯電話で話す影響で仕事とプライベートの区別がつかなくなった、話がダラダラと切れ目がなく分かりにくい、ことばも敬語も曖昧できちんと伝えることが出来にくい・・・などの状態が現れています。つまりは明快、簡潔、丁寧に話すことをルールとしたこれまでの電話の使い方が崩れてきているのです。郵便局の営業マンも携帯電話を利用していますから、その影響を受けていないともかぎりません。自分だけは大丈夫と思わずに電話の話し方をチェックしておく必要がありそうです。

                              (続く)