仕事に生かす話し言葉―敬語編―

第5回「どこまで丁寧に話すか」

河路 勝

 

行き過ぎた敬語表現

敬語が乱れていると言われる多くは、尊敬語と謙譲語が間違って使われていることに原因がありますが、じつはもう一つ、丁寧さを出そうとしてかえって過剰な敬語になったり、使い方を間違えたりすることがあるのです。

「そこにお名前をお書きになられてください」

「1000円の印紙をお貼りになられてください」

この敬語をおかしいと感じる人は少ないかもしれませんが、これは二つの敬語の合成、つまり「お書きになってください」と「書かれてください」の二つの敬語が、下線部分で重なっているのです。「お貼りになってください」と「貼られて」も同様です。パーティーの司会者が「お料理をお召し上がりになられながらお過ごしください」と言うのも同じで、少しでも丁寧さを出したいと思って敬語が二重、三重になるのです。間違いだとめくじらを立てないまでも、敬語をわざわざ複雑にしていることは否めません。

このシリーズの第一回で「もてなしの言葉」の大切さを強調しましたが、「もてなしの言葉」とは、相手をきちんと遇するための正しい表現のことであり、過剰な敬語は、自分の言葉を少しでも丁寧に見せたいという意識の現れであると言えます。また第二回で触れたように「お書きになってください」(なる型敬語)も「書かれてください」(れる型敬語)も、それぞれに十分な丁寧さを持っていますから、丁寧さを出す必要に応じて使い分ければ敬語の役目は果たせます。こうした個々の敬語の丁寧度を知っておくことが相手への敬意を的確に表すことにもなります。

丁寧語の使い道

敬語には、尊敬語と謙譲語のほかに丁寧語があります。丁寧語とは、相手や自分に関係のないことでも普段のことば遣いより丁寧な言い方をして、結果的に相手を立てている様子を表す効果を持つことばです。

1 文末の丁寧語

「50円切手を10枚ですね」

「いま調べています」

「お待たせしました」

「それは扱っていません」

「200円でございます」

日本語は、文末に「です・ます」「でした・ません」「ございません」などをつけることで、普段のことば(〜だ、〜さ、〜よ、〜だろう・・・・)より丁寧になります。誰でも日常的に使っていますから、おそらくこれが丁寧語だという意識も少ないと思います。しかし、敬語表現をしようとすれば必ず「です・ます」口調になるのが自然で、敬語には書かせないことばです。

2 謙譲語の丁寧表現

本来は自分のことに使う謙譲語が、丁寧語としてよく使われています。この場合は、相手のことや自分のことには直接関係しません。

「そういたしますと、合計で840円になります」

「そちらは『20世紀デザイン切手』になっております

「順番がまいりましたらお呼びします」

下線部分のもとになる「いたす」「おる」「まいる」の謙譲語が、「です、ます」と一緒になって丁寧語の高い表現になっています。

普段のことば

丁寧語

より高い丁寧語

そうすると

そうしますと

 そういたしますと 

切手だ

切手です

 切手になっております

来たら

来ましたら

 まいりましたら


となって、右にいくにしたがって丁寧さが増していくことがわかります。丁寧さはこの範囲で使うことが望ましいと言えます。

では、次の例はどうでしょう。

「すみません、つぎの方のためにちょっと窓口を空けてあげてください」

「あげる」は本来、「私が持っていってあげます」「渡して差し上げます」などと、自分が他人に何かをしてやるときに使う謙譲語です。それが今は「買ってあげたらどうですか」のように相手のことにも使われています。これは、「買ってやったらどう」の普段のことば遣いを、敬語に言い換える適当なことばがないことによります。「窓口を空けてあげてください」も丁寧語として定着してきたのでこのまま使って構わないのでしょう。ただ本来の謙譲語としての使命を忘れないでください。

丁寧表現は拡大する

ところで、この「あげる」の丁寧語傾向はどんどん広がっています。

(大人が子どもに)

「鳥に餌をあげましょうね」

「お花にお水をあげてちょうだい」

(料理研究家)

「さっと水に通してざるにあけてあげますと」

(プロ野球解説者)

「バッターの膝元に速い球を投げてあげると」

など、ところ構わずに使われています。何でも丁寧に言えば印象がよいと思う時代の表れでしょう。しかし過剰になる分、ことばの効果はどんどん失われていくのが当然です。

「保険についてご主人様にも説明してあげてくださいませんか」

「のり口を水でぬらしてあげるとよくつきますから」などと言う人もあるかもしれませんが、むやみに丁寧にするのではなく、「ご説明くださいませんか」「水でぬらすと」で十分だということも知っておいてほしいものです。

丁寧語の「お(ご)」は場に応じて

敬語には名詞や形容詞の頭に「お」や「ご」をつけて尊敬や丁寧さを表す場合があります。そのうち、「(あなたの出す)お葉書をお預かりします」のように相手の物につけるのが尊敬語の「お(ご)」で、「お葉書は何枚ですか」のようにとくに相手に関係しない場合につけるのが丁寧語の「お(ご)」です。

このように尊敬語ではなく、丁寧語として使う「お(ご)」もたくさんあります。尊敬語の「お(ご)」はきちんとつけなければいけませんが、丁寧語の「お(ご)」は、つけたらよいというものではありません。使い方に適切さがないと話し手の印象を悪くしてしまいます。

お引き出し、お預入れ、お受取り、お財布、ご印鑑、お忘れ物、お荷物、お早い、お静か、お暑い,お仕事、お煙草、などは丁寧語としても使われますが、つねにつけなければいけないのではなく、場合に応じた使い方を判断することが必要です。

仕事の丁寧語はあくまで簡潔に

「この新タイプの保険につきましては、前にも一度お話ししたと思うんですけれども、いまであれば確実に他との差がありますから、私どもといたしましては、間違いなくお勧めできるものでして・・・」

この説明の例は、「〜につきましては」「〜ですけれども」「〜ありますから」「〜いたしましては」「〜ものでして」などの丁寧語(下線部分)が、話のつなぎにたくさん使われています。そのため話がダラダラと長く続き、まとまりのない、分かりにくいものになっています。余分な丁寧さで、話の焦点がぼけてしまう典型です。

大事な説明や報告は、むしろ余分な丁寧さを省き、「です。」「ます。」とセンテンスを短く切りながら、簡潔な表現を心掛けることが必要です。そして説明の前後を、「ご契約について改めてご説明します」「今お話ししたことがポイントですが、お分かりいただけたでしょうか」などの敬語表現でおさえれば、仕事のことばとしての適切な丁寧さが表せるのです。
                              (つづく)