黛まどかの「俳句でエール」

携帯メルマガ「黛まどかの『俳句でエール』」が配信されています。これは、「いじめが大きな問題となっている現在、また年間3万人もの自殺者がいる現代の日本。かつて日本が貧しかった時代に辛さを希望に替える知恵と勇気を持つ手段の一つだった俳句力で、少しでも世の中を元気づけ、苦しむ人にエールを送りたい。そんな思いで黛まどかさんとその仲間が始めた活動」です。
私が特に俳句に目覚めたわけではありません。土・日・祝を除く平日に私の携帯に毎朝8時過ぎに配信されます。気に入ったものを皆さんに紹介していきます。
なお、黛まどかさんは1999年には
サンチャゴ巡礼道800キロを徒歩で踏破、また2002年には釜山〜ソウル徒歩の旅を踏破されています。

                         
      
No 詠み人   俳     句       解         説
71231 黛まどか 旅立つていく誰もかも息白く 寒気の中、真っ白な息を吐きながら、人が旅立っていきます。不安と希望が交錯(こうさく)した白息(しらいき)。途上で遭うかもしれない困難の数々とそれを乗り越えてこその喜び。旅はいつも私たちに様々なことを教えて、人生を切り拓く力を授けてくれます。出会いと別れを繰り返しながら…。「俳句でエール!」の最後に、私がかつて果たしたサンチャゴ巡礼の合言葉を皆さんに贈ります。「ウルトレーヤ!(もっと遠くへ)」。素晴らしい新年になりますよう。
71106 松尾芭蕉 物言えば唇寒し秋の風 前書きに「座右の銘 人の短をいふ事なかれ 己が長をとく事なかれ」とあります。人の短所をあげつらい、自分の長所を自慢してはいけないと、芭蕉は日々肝に銘じていたのでしょう。そのようなことを口にすれば、結局は自分が惨めになるだけだと句はつぶやきます。”過ぎてむなしく、足りなくてもどかしい言葉”という断章を読んだことがあります。自分も他人も幸せになるような言葉を口にするよう心がけたいものです。
71017 上野繁子 爽やかなそののちという月日あり ”そののち”の”その日”とは、何があったのでしょうか。おそらく人生にの転機になるような重大なことが起こったに違いありません。辛いこと、嬉しいこと・・・いずれにせよ心のあり方しだいで、”そののち”の人生は変わります。できれば穏やかにくらしたいものですが不可抗力もあります。明るく前向きな”生きる力”が、その後を爽やかな日々にしてくれるのではないでしょうか。
7907 鈴木真砂女 今生のいまが倖せ衣被(きぬかつぎ) 真砂女最晩年の一句です。生涯を通じて様々なことがあったけれど、今が一番倖せだとしみじみ振り返る真砂女。一日一日を無為に過ごすことなく、自らの手で明日を切り開きながら懸命に生きた人しか、その実感は訪れないのでしょうか。人生は山あり谷あり・・・良い事ばかりは続きませんが、艱難辛苦があり、これらを乗り越えたからこそ、最期にこういう境地を迎えることができるのでしょう。
70802 藺草慶子 すずしさのいづこに座りても一人 還らぬ人への一句です。生前はいつも一緒だった二人。縁側から庭を眺める時も、食事をする時も、なんにもしていない時も・・・。いつも傍らにはその人がいた。しかし、かつて二人が時を重ねた場所には、ただ涼しい風が吹き抜けるだけ。「いづこに座りても一人」という表現には、淋しいとか悲しいなどという言葉を超えた作者の慟哭が読み取れます。
70731 鈴木栄子 ソーダ水待たされてゐて疑わず ソーダ水を前に、ひたすら誰かを待っている女性です。きっと約束をしたのでしょう。なにか事情ができたのか、待ち人は約束の時間をとうに過ぎてもなかなか現れません。もう来ないのでは?周囲の心配をよそに、彼女は微塵の疑いも持たず、その人を待っています。この句を詠む度に、そんな風にまっすぐに人を愛したいと思います。
70730 山口波津女 香水の一滴づつにかくも減る ほんの一、二滴の香水を首や耳裏につけ、一日が始まります。瓶いっぱいに詰められた琥珀路の香水。一滴、また一滴と使ううちに、いつしか瓶の底にわずかに残るだけになってしまいました。ちりも積もれば・・・ですね。減った香水は、作者が重ねた日々の証でもあります。その中にどれほどのドラマがあったことでしょう。香水の一滴に等しい一日の積み重ねに、人生はあるのです。
70723 清水衣子 笑窪とてひとつは淋しさくらんぼ 笑うと両頬に生まれるから愛らしい笑窪。きっと幼い頃からこの笑窪は、周囲の人を魅了し和ませてきたことでしょう。しかしいつも幸せとは限りません。悲しい時淋しい時、無理して笑って生まれた笑窪もあるということを誰も気がついてはいないでしょう。楽しそうに見えても、皆心のどこかに悩みの一つや二つは抱えているもの。そう今あなたの隣で笑っている人も、その笑顔の陰には人知れず流す涙もあるのです。
70712 上田五千石 山開きたる雲中にこころざす 夏本番に向けて、各地で山開き、海開きが行われています。山開きをしたばかりの山でしょう。頂は雲に覆われています。その雲の中にこそ自らが目指すところがあるのです。今はまだ雲に隠れてはっきりと見えませんが、間違いなくこころざしはそこにある・・・そう確信する作者です。開かれたばかりの山の清浄感と胸に秘めたこころざしの高さが澄み渡る格調高い一句です。
70709 浜崎浜子 力抜くことも大事や水中花 水の中に花開き、決して枯れることのない水中花。常に花の盛りを保たなくてはならない宿命を背負った水中花は、むしろ哀れを誘います。そんな水中花を見ているうちに”力を抜くことも大事だ”という境地に至ったのでしょう。息を吐くから、吸うことができるように、力を抜くことで新たな力を生むのです。ちょっと頑張り過ぎたかなと思ったら、力を抜いてみませんか?
70703 関戸靖子 かくて世のどんでん返し浮いてこい ”浮いてこい”とは水に浮かべて遊ぶ浮き人形をいいます。水中に沈めてもぽんと浮いてくるので、そう呼ぶのです。世の中とは常にどんでん返し。同じような状態は久しくは続かず、やがてどんでん返しになるものです。そんなふうに考えると、眼前の悩みや苦しさも半減しませんか?”浮いてこい”との取り合わせにより区全体が軽妙になり、逆に作者の本意は深いところで響いています。
70625 中村苑子 逢えぬ夜の風鈴涼しくなることよ わけがあって逢えない一日。こんな夜に限ってなぜか風鈴がよく鳴って、寂しさに拍車をかけます。そして風鈴が鳴るたびに、今頃あの人は何をしているのかしらと思いを馳せるのです。特に風が強い夜だったわけではないのでしょう。逢えぬ人への作者の募る思いが風鈴の音を募らせているのです。しげく鳴る風鈴の音は、作者の心の嘆きでもあるのです。心の状態によって、寂しくも楽しくも聞こえる風鈴の音です。