踊子歩道(嵐と天城隧道とグルメ)

一週間前から悩んでいたが台風25号が北上、その時の状況を見て判断することにして私たちも台風と共に進んだ。何とか湯ヶ島まで到着。翌日は午前中はバスが動くとのことでバス会社作成の踊子歩道の起点「水生地下」までバス移動、ここから歩き念願の天城隧道を通過、ただ予定のバスに間に合わずに国道をびしょ濡れて歩く。民宿についたあと避難情報がでるくらいの大雨。翌日は打って変わって晴天河津七滝めぐりをすませ、ゴールの「福田家」に到着、ここは踊子が実在していたのではと言うくらい、不思議な雰囲気の場所だった、大満足。最後の日は予定通り下田港まで行き帰路についた。この台風の中踊子歩道の7割くらいは歩けたことに感謝!
(因みに薫の名前はヒロイン踊子の名前から頂いたのです)

一日目=九州~東京~修善寺~湯ヶ島(雨)
東京駅で薫と合流(バックは東北新幹線)   特急「踊り子9号」で修善寺へ
 
乗車すると早くも一杯 雨の修善寺駅
今宵の宿は「いろりの宿三吉」:とても感じよかった 翌朝完全武装で出発
二日目=湯ヶ島~水生地(徒歩で天城越え)~河津七滝温泉(雨)
 
水生地下(までバス、ここから歩き始める)‏‎‏‎9:06:36 きれいな渓流を見ながら
川端康成のレリーフ 「伊豆の踊子」の文学碑
“道がつづら折になって、いよいよ天城峠に近づいた…”
水生地(近くに氷室がある) 天城峠を登っていく
天城隧道到着 重要文化財です
休憩後隧道の中へ、イザ! 全長445.5m、幅4.1m、高さ4.2m(完成明治37年)
たっぷりと雰囲気を味わっています 隧道を出ました、これから下り


↑ 寒天橋

               → 二階滝(“にかいだる”)

昔からこの地域では「水が垂れる」という意味の
「垂水」が変化し“だる”と呼ばれるようになった。
予定のバスに間に合わずに国道を歩く 次のバスが来るのを待つ(11:37:30)
バス停近くの「だるま茶屋」で“わさびそば”などを食べる 今宵の宿は「民宿しゃくなげ」
三日目=河津七滝めぐり~湯ケ野温泉:福田家(晴)



ザックを預けて上流にある五つの滝めぐりへ
(9:23:58)
昨日とは打って変わり、いい天気 昨日の豪雨で水かさが増している
 
カニ滝 ①   左手に渓流を見ながら気持ちいい歩きが続く 
 
 光のマジック    アジサイ
 
 初景滝②   ここに「伊豆の踊子」像がある 
 
ファミリーで写してもらった 次の蛇滝へ、階段を上ったり
吊り橋を渡ったりして 慎重に橋を渡ります
蛇滝③ エビ滝④



遠くに釜滝が見える
近くにいくとすごい迫力(アッという間にびしょ濡れ)⑤ 少し上がったところで記念写真
ここから折り返して下る 河津七滝温泉に帰ってきた(ザックを取り下流へ)
出合滝⑥ うゎ~、すごい!
大滝⑦ 迫力ある大滝でした
ざるそば、スイーツ そして、ビール(七滝めぐり終了)
ゴール(湯ケ野:福田家)を目指して出発 河津七滝ループ橋を上に見ながら
樹林地帯に入ると涼しい あと、2.3k
橋を渡ったり 伊豆の山々を見ながら進む
吊り橋は10人が限度 彼岸花の中を歩く
石の欄干を写してと… 「福田家」到着
「伊豆の踊子」の文学碑(福田家の隣にある) 文学碑の拓本
文学碑の前で(文学碑は隠れて見えない) 福田家へ入ります
玄関前にて clickしてください 帳場を見る
川端康成が出迎えてくれました こちらは吉永小百合
川端康成直筆の原稿 昭和8年、五所平之助監督
田中絹代、大日方傅
昭和29年、野村芳太郎監督
美空ひばり、石浜朗
昭和35年、川頭義郎監督
鰐淵晴子、津川雅彦
昭和38年、西川克己監督
吉永小百合、高橋英樹
昭和42年、恩地日出夫監督
内藤洋子、黒沢年男
昭和49年、西川克己監督
山口百恵、三浦友和
私たち男性が泊まったた部屋
(川端康成が名付けた、直筆)
部屋の様子 窓から河津川が見える(2階は二部屋だけ)
庭にある踊子像前で 夕日に輝く河津川
福田家の対岸(以前は温泉宿だった) 大きな金目鯛を前に夕食
超豪華なメニュー 朝起きたら目の前にリスがいた
四日目=湯ケ野~下田~東京~九州(曇り~雨)
河津川を渡り帰路につく 伊豆急河津駅(ここにも踊子が…)
開国の町下田の第一歩(ペリーロードへ向かう) 仙了寺:坂本龍馬像の前で
(日米和親条約の交渉が完結した舞台)
黒船ミュージアム 石畳と柳の木
風待工房(ここで珈琲などを味わう) ゆっくりと歩く
踊子が今にも出てそう 伊豆石で作られた建物
 
旧澤村邸(まなこ壁の旧家) ペリー艦隊上陸記念碑
踊子と一高の学生である「私」が会えずに別れた下田港 港を見ながらゆっくりと駅へ
なまこ壁の家 駅前でランチ(徳造丸)
金目鯛始め海の幸がいっぱい(食べすぎ) 「踊り子60号」で東京へ (楽しかった~)