お客様は第二

                                            小柳 麻里子


 「麻里子、都心にあって、あまり高くないホテルを予約してくれないかな」
 老父から電話がありました。なんでも、父の友人が久し振りに上京するのだそうです。
 ご年配ですから、機能一点張りのビジネスホテルでは落ち着けないでしょうしぃ。そうかといって、シティホテルでは高いしぃ。
 そうそう、ありました。官庁街の近くの某ホテル。ここは,公共交通機関の便利も良いし、比較的静かで料金の割に部屋も綺麗。早速父の代わりに予約の電話を入れました。人気があるのでしょう。二泊の内、シングルルームは一泊だけしか取れず、もう一泊はツインのシングルユースでした。  ま、いっか。
 電話口予約担当のお嬢さんはいかにもマニュアルどおりにきちんと躾られている・・・という感じで、テキパキと用件は済んだのですが。電話を切る前にちょっと気になった私、一応確かめました。「あのー、お泊まりになる方はご年配なので、翌日部屋を移らなくてはいけないのなら、昼間外出されていらっしゃる間に、お荷物を新しい部屋に運んでおいて頂けませんか?ご年配ですし、地方からお一人でお越しですから、何かとご不安だと思いますから」
 「はい、ご要望いただければ、私どもで致します」
 私、ちょっと心配。予約嬢、言葉遣いも丁寧、打てば響くように対応もテキパキ。でも、何となくこちらの心配が伝わっていないようで。
 私の心配は当たりました。後で聞いた話では、やっぱり規則どおりのチェックアウト時間には部屋から追い出されたそうです。荷物を持ってフロントに行ったところ、「お部屋が変わりますから」と、一泊分の精算をさせられ、おまけにベルボーイさんが出払っていたためか、新しい部屋には結局ご自分で荷物を持って移ったのだとか。
 やだぁ。郵便局ではゼッタイそんなことはしない。言わなくとも、ちゃんとこちらの心境を察してくれるけど。

***********

 大安吉日。
 前々からアプローチしていた会社と、めでたく契約できることになりました。快挙!さて、勇んで契約の締結に出かけたのはいいのですが、電車の中で、契約書に収入印紙を貼るのを忘れていたことに気がつきました。
 目指す会社の近く。タダでさえ方向音痴なのに、不慣れな場所です。郵便局、郵便局・・・っと。
 駅の交番で教わったとおりに歩いて行くと・・・・。あれ、コンビニに切手と収入印紙のマークが。
 なーんだ、コンビニに売っているじゃないの。カウンターのお兄さんに「一万円の収入印紙、ください」「はい」
 お兄さんはカウンターの後ろの棚から箱を取りだしてきて,何やらブツブツ言いながら数え始めました。「二百・四百・六百・八百。えーとぉ、一枚二百円だから、二枚で四百円。だからぁ、イチ、ニイ、サン、シイ・・・」
 なぜ数えているのだろう?
 えつ!悪い予感。まさか・・・・。
 「ちょ、ちょっと見せてくれる?」カウンターの上に乗り出して、彼の持ってる箱の中を覗き込んでみたら・・・・。ありゃ、案の定。二百円の収入印紙を五十枚数えていたんだ。
 「いえ、あのあの。一万円の収入印紙を一枚ほしいのだけど」「あ、一万円の収入印紙はないですけど」  あ、そう。
 やっぱり郵便局に行こうっと。
 ありました。CS郵便局(ジョークじゃないの。イニシャルだと、本当にこうなる)小さな特定局さんです。
 カウンターには誰もいません。奥の方で局員さんが書類に向かい、一生懸命電話で話をしています。その隣の若い局員さんは、お客様の応対の真っ最中。そして、年配のおばさま局員さんがおひとり手持ち無沙汰の様子で。顔見知りなのでしょう、カウンターで小包を包装しているお客様に「大丈夫ですか?」などと声をかけながら世間バナシをしておられます。
 近くの会社にお勤めなのかしら、カウンターの前に可愛い制服姿の若いお嬢さんが二人。
 「きゃっ。この切手カワユーイ。どれにする?」「これがいいんじゃない?」「アッ、こっちも欲しいっ!」などなど。二人のおしゃべりは終わりそうにありません。私はその後ろに並びました。
 一分・二分・五分。イライライラ。だって、約束の時間が迫っています。
 お客様との応対が終わって、奥へ行こうとした二十代後半の青年に声をかけました。
 「一万円の収入印紙を一枚ください」「はい」切手のカウンターへ行った彼に、お嬢さん方二人から可愛い声がかかりました。
 「この切手まだありますぅ?」「はい、ございます」「わー、よかったぁ。じゃ、これは?」「これも確かまだ二、三十枚はあったと思いますよ。お探ししてみましょう」「あらぁ、スミマセーン」
 ムムッ。やっぱり、若い女の子には親切なんだなぁ。彼、丁寧に質問に答えています。
 ダメだ、こりゃ。いいの。おばさんはこうして忘れられていくのダ。
 そこで、おばさまに声をかけました。
 「あの、一万円の収入印紙ください」おばさま、にこやかに丁寧に、でもツレなく、お嬢さんたちに次から次へと目新しい切手を取りだして忙しい青年を指さして、「あちらで致しますから」
 だって・・・・。おばさま、今何もしていないじゃないの・・・・。
 正面突き当たりにおられるのは多分局長?さん、余程難しい書類なのでしょう。ひどく真剣に眉間にシワを寄せながら書類に没頭しています。
 十分・十五分・二十一分。
 「あのー、急いでいるのですが・・・収入印紙・・・」
 今や、記念切手の生き字引と化した青年、キットこちらを見て、「お待ちください。順番ですから」
 ワッ。何か、すごーく悪いことをしたみたい。先に頼んだのは私なのだけど・・・。
 奥の壁には「お客様第一」と書かれたポスター。
***********

 死んでも買うぞ、一万円の収入印紙! 
                                           終わり