父のへそくり

小柳 麻里子

 

七十六歳の誕生日を迎えた父、何を思ったのか、突然、本の整理をするゾと宣言。
 父が「するゾ」という意味は、私に「させるゾ」ということ。
 (ったく、もういい加減にしてよねっ!)とは思ったものの、親孝行はするものデシタ。
 だって、書棚を整理していたら、出てきたのです。
 何が?って、定額貯金の証書が。名義は父。日付を見れば、平成九年。その年の二月から八月まで、自動積み立てで、毎月五千円入金してあるらしいのですが。
 ん?二月、三月、四月・・・・五千円の八ヶ月分。ワッ、四万円!
 これ、まだ入ってるのかしら?
 大の大人が二人して証書をためつすがめつ、よーく見たのですが、今イチどうもよくわからない。結局、父の代理として私が郵便局に持ち込み確かめてもらうことになりました。
 出勤途上にあるS郵便局。この郵便局は、とにかく感じがよい。今まで一度だって嫌な印象を受けたことがありません。
 貯金の窓口へ。どの局員さんも、お客様応対中です。(誰か教えてくれそうな人は・・・)いました。ロビーに胸章をつけた案内係のおじさん。
 そのおじさん、いかにも、朴訥そう。
 「こんな証書が出てきたのですが、これ、まだお金、入っていますか?」
 おじさん、証書を広げたり閉じたり、ひっくり返したりしながら、「えーっと、これは・・っと。お客さんが別に持っている郵便貯金の通帳から、自動積み立てをなさっていたものだねぇ。証書は八回の入金記録しかないんだけど、記帳してないだけなのかもしれん。この証書は機械じゃ記帳できないからなぁ。窓口でお調べしましょう。ハイ、これ番号札」
 受付番号を見ると、待ち人数三十八名。仕方ないや。
 十分ほど待ったでしょうか。「あのー」見ると、さっきのおじさん。
 「お待たせしちゃってますねぇ。あのね、さっきの証書、拝借できませんか。さんざん待たせて、お金が入っていなかったら、気の毒だものね。私、ちょっと調べてくるから」そう言うと、おじさんは証書を持って、カウンターの中へと消えました。
 気の小さい私は、その間に順番が来たらどうしよう・・とドキドキ。
 おっ、おじさん、カウンターの奥から出てきました。とことことこ。
 周りの人に聞こえないようにしてくださっているのでしょう。腰をかがめて、座っている私の耳元にそおっと、「二十四万円も入っていたよ」ヒェーツ。
 目を丸くしている私の側で、おじさんはまるで自分の通帳にお金が入っていたように嬉しそう。
 「払い戻しの手続き、なさいます?」
 「なさいます、なさいます!」
 ぬかり無く父の印鑑と保険証を持参していた私、無事に払い戻しの手続きを終えることができました。
 「お陰様で有り難うございました。父には思いがけない大金ですから、きっと喜びます」と言う私に、おじさん「よかったねぇ。予想外の収入は嬉しいものだからねぇ」とニコニコ。
 
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 こんな雰囲気って、民間の金融機関ではまず無い。
 マニュアルではゼッタイ教えられない「何か」が郵便局にはある。
 一緒に喜んでくれるという感じ。言葉では上手く言い表せないようなあったかーい雰囲気。
 それは、どんなスマートな接客態度や敬語より、私の心に響きました。
 父の喜んだ顔ったらお見せしたいほど。
 が、もっと喜んだのは、私。
 だって、「すっかり忘れていたへそくりの見つけ代」として半分もらっちゃったのですから。
ほへほへほへ。
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 実は、毎週末、車で買い出しに行くところがあるんです。
 それは、養鶏場。「わざわざ出かけなくったって、都心のスーパーでも新鮮な卵なんて売っているじゃない」と笑われるのですが。
 決して近代的な養鶏場ではありません。
 おじちゃんとおばちゃん、それに息子さん夫婦四人の家族経営の小さな養鶏場。
 養鶏場はニワトリの長屋。
 十メートルくらいの細長い小屋の中にずらりとニワトリが並んで、カゴのすきまから首を出して餌をついばんでいる光景はいつ見ても飽きません。
 先日、いつも応対してくれるおばちゃんの代わりに、珍しくおじちゃんが出てきました。一生懸命計算したり包んでくれたりしてはくれたのですが、どうもおぼつかないのです。
 その晩、電話がかかってきました。
 「とうちゃんたら、どうも計算を間違えて、お金を多くもらっちゃったみたい。悪かったね」
 翌週、また卵を仕入れに行ったときのことです。
 おばちゃん、私の姿を見るや、大声で畑に向かって叫びました。
 「とうちゃーん!この間のお客さん!」
 とうちゃん、向こうの畑の中でこちらを向いてしきりにお辞儀をしています。
 「ハイ、これが余計にもらっちゃった五百六十円」と、おばちゃんが封筒を差し出しました。
 見ると、リスの何とかちゃんの絵。あれ、郵便局の封筒だぁ・・・。何となくおかしい。
 「お金の代わりに、卵をもらえますか?今日は三十個欲しいから」と私。
 「ありゃ、悪いみたいだねぇ。じゃ、おまけしとくやね。今、産んだばかりだから、ほら、あったかいでしょ」
 畑のあぜ道の梅の花と菜の花。屋根の上で野鳩が鳴き、庭には犬が寝そべり、猫がこちらを眺めています。
 私はほのぼのとした気持ちで、東京に戻りました。
 一体、これで商売になるのかしら。
 でも、私はやっぱり毎週卵を買いに行くでしょうし、友人宅にも産み立ての卵と一緒に、このおばちゃんちの暖かさを一緒に送り続けるでしょう。
 そして、またつくづく思ったのです。
 卵も切手も貯金も保健も、どこでも買えます。
 でも、あのステキな案内係のおじさんがいるS郵便局もおばちゃんちも、本当に売っているのは卵でも切手でも貯金でも保健でもないんだって。
                               (終わり)