私の街のハリー・ポッター 小柳 麻里子 アザラシのタマちゃんが去った後の多摩川の河原には、風にそよぐススキの一群。はるか彼方の丹沢の山々が望める程澄みきった空気。どこからか聞こえてくる虫の声。いつの間にか、すっかり秋・・・。 この季節、普段はジーパンにつっかけサンダルで走り回っている私でさえ、ちょっぴりおしとやかな気分になるから、女ゴコロって不思議です。 (そうだ、着物を着て行こう) その日、同窓会のあった私は、珍しく着物で出かけることにことにしました。地下鉄日比谷線のE駅。しゃなりしゃなりと、裾さばきもおしとやかに改札口へ。(気分、すっかりイイ女) 改札口を出ようとして、気が付きました。 (ん、無い・・・。)切符が見あたらないのです。 おかしい。確かに帯の間に挟んでおいたハズなのに。 右・左・真ん中と着物の帯をあちこち探してみたのですが、着慣れていないせいか、やっぱり見付かりません。 周りの人が、怪訝な顔で私の方を身ながら、どんどん追い越して行きます。 (落ち着いて、落ち着いて) と自分に言い聞かせるものの、恥ずかしいやら、冷や汗は出るはで、とても落ち着いて探せる心境ではありません。 焦れば焦るほど、ますます帯の中はこんがらかるばかり。 だめ、どうしても見付かりません。 仕方ない。駅員さんのところへ行きました。 「あの〜、切符を失くしてしまったみたいなのですけど」 「え?そうぉ?もう一度よ〜く探してみたら?」 カウンターに座っていた年配の駅員さんから帰って来たのは、思いがけなく温かみのある声でした。 (えーっ?しょうがないなぁ)という態度で、乗車駅からの代金をもう一度請求されるものだとばかり思っていた私は、思わずそのオジサンの顔を見てしまいました。 「いえね、よく探してみると出てくるものだからね」 オジサンは穏やかに微笑んでいます。 「あの〜、帯の間に入れておいたのですが、出てこなくなって・・・。」 オジサン、一瞬絶句。 「あれ。帯の奥に入っちゃったんだ。だめ?全然出てきそうにもない?」 私、もう一度帯と着物の間に手を入れて、う〜んう〜んと手探りで探してみたものの、それらしい感触なし。 「だめみたいです」。 「あそこのトイレでゆっくり探してみたらどうかな」とオジサン。 きゃっ。そんなことデキナイ。 「いえ、あの〜実は一人で帯を締め直す自信がないものですから・・・。」赤面しながらも正直な私。 諦めかけたその時、ポトッ。 何かが落ちました。 切符でした。帯の下から落ちたのです。 思わず「出ましたっ!」と大声で叫んでしまった。 自分の大声に恥ずかしさに真っ赤になりながら、「ありがとうございました」と、逃げるようにしてその場を去ろうとする私に、オジサンの「良かったねぇ」の声が。 * ******* 自宅近くの小さな郵便局。ショッピングセンターの裏にあり、近くに住宅街や学校、病院もあるせいか、いつも混んでいます。 その上、古くて狭い局舎の中は、私たち利用者がゆったりと順番を待つスペースもありません。 文句が出ても少しもおかしくないのに、なぜかこれまで怒っているお客さんや嫌な顔をしている局員さんに会ったことがありません。 その日、私は切手を買いにその郵便局を訪れました。 「四十円切手を二十枚ください」 「十円か二十円か三十円、いずれかの切手の組み合わせになりますけれど、どの組み合わせがよろしいですか?」 窓口に座っていたのは、丸ブチメガネがよく似合うハリー・ポッターそっくりの可愛いお嬢さんでした。 「あれ?貝の図柄の四十円切手、ありませんでしたっけ」と私。 「あ、バイ貝の四十円切手のことですね。スミマセン。ウチの郵便局では今切らしているんですけれど」 「じゃ、十円と二十円と三十円の切手をそれぞれ二十枚ずつください」 「はい。あの、お客さま。来月十月からバイ貝の切手、もう販売しなくなるんですよ」 「あら、じゃ、今月中に買っておかなきゃね」私、切手マニア。 「大きな郵便局に買いにいらした方がいいですよ。どこの郵便局も、もう在庫分しか販売していないと思いますから」そう言うと、ハリー・ポッター嬢、席を立って背後のカウンターから何か紙を取ってきました。 「これ、来月から販売しなくなる切手のリストです。無くなる切手も多いようですから、差し上げておきますね」 お礼を言って局を出ようとする私に、窓口の局員さんたちが次のお客さんに話しかけているのでしょう、明るい弾むような声が聞こえてきました。 「こんにちは。狭いからお待ちになるの、大変でしたでしょう?ホントに申し訳ありません」 「どうぞ、○○番でお待ちのお客さま。あ、お振り込みですね。長らくお待たせして申し訳ありませんでした。できるだけ早くお手続きいたしますね」 * **** そうか・・・。これかぁ・・・。ATMや自販機では、ゼッタイ出ないこの感じ。 そう言えば、地下鉄E駅の駅員さんにしても、ハリー・ポッター嬢にしても、用件だけでなく、必ず一言二言の会話をお客さんと交わしていましたっけ。 しかも、おそらくご本人は無意識に、だから、とっても応対が自然で人間的。 ねえ、これって、郵便局の得意技じゃない? 終わり
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